こんにちは。今朝、実家に住んでいた猫ちゃんが亡くなりました。どうか安らかに。
今回の件で考えなければならないことができました。誰もが迎える最期について。これを考えるきっかけとなった、猫ちゃんについてお話します。どうしても私目線なので、考えに偏りがでてしまうかと思いますが悪しからず。
実家で暮らす猫ちゃん。実家には母と姉夫婦とその子供たちが住んでいます。私は別居なので飼い主ではありません。とても食べるのが大好きで、もっちりボディ。たまにしか実家に行かないのに、行くと必ず顔を見せに来てくれて、撫でて~とすぐにお腹を見せてくる甘えん坊。
今年の1月の初めに、母から膀胱に砂、石が溜まって今日から薬と尿石出しのごはんを始めた。砂が出切らないと頻尿血尿は続くらしいと連絡がありました。その後会いに行った時は、元々でっかい猫ちゃんで、ほんのすこーし痩せたような?くらいの感覚でいました。
それから一昨日の金曜日。ごはんも水も食べない。水曜日に尿道閉塞で、出してもらったんだけど、腹水もあってゲロ吐くし元気ないとの連絡が。保護猫カフェから引き取った子だったので、仕事終わりに保護猫カフェに向かいました。事情を話すと、店主さんが、それならここの病院が尿道閉塞が得意だから行ってみるといいかもしれない、と情報をくださいました。尿が出なければ毒素が体に回ってしまい、一日半ほどで亡くなる子もいるとのこと。すぐにその旨を母に伝え、明日の開業時間に体が持ってくれるといいけれど、とその日は連絡を終わりました。
次の日の朝、母から虫の息だから自然にする、と連絡が。私は驚きました。連れて行くだけ行ったらどうかと提案し、その後連絡なし。その時は連れて行っているのだろうと思っていたのですが。もう一人の姉に、今実家の猫ちゃんがこんな状況で、と伝えると全く知らなかった、と。丁度と言って良いものか、連絡をしたのが姉二人の甥姪の習い事の最中だったようで、近くに義兄がいるので聞いてみる、と。すると、医師に確認をとった訳でもなく、病院に連れて行くのが可哀想、みたいになっているとのこと。恐らく病院に連れて行っているであろうと考えていた、母と同居の姉が仕事から帰宅後、母はもう看取るつもりでおるみたい。以前、同じ時期に里親となった子の時も入院して点滴してってしたけどただ可哀想なだけやったって言っていると連絡が。私は飼い主ではないので、最期の決定権は存在しません。同居の姉は、病院に連絡を取ってくれたようで、できることが点滴で通院しかない、と。結局、今日の開業時間に合わせて病院に行く予定となったものの、猫ちゃんの体が持たず、今朝亡くなってしまいました。
猫ちゃんはこれで幸せだったのでしょうか。もしこうしていたら、と考えてもキリがありません。
今の私は、一刻も早く病院へ行き、あまりに痛みが辛い、回復の見込みが殆どない等なら獣医さんへ相談して安楽死もありなのではと考えていました。母が言う、看取るという感覚がわかりません。ただ、看取るという感覚はなんなのか知りたいと思い、調べてみました。
少し古い情報になりますが、厚生労働省の2017年時点の調査では、20歳以上の男女(2万3500人)の約7割「人生の最後を迎えたい場所は自宅」と答えています。
正直に言うと、私が少数派の方かと驚きました。個人的には、椎名林檎さんの本能の歌詞を拝借すると、”終わりにはどうせ独りだし”という気持ちです。あと、死に場所は選びません。以前この言葉を聞いた友人には、私は海外は嫌だな、と言っていてこれも人それぞれなんだな、と思ったのを思い出しました。
また、最期を自宅で看取ることのメリットとデメリットも調べたので載せておきます。
メリット
- 安心感と親しみ: 自宅という慣れた環境で過ごすことができるため、患者や家族にとって精神的に落ち着くことが多いです。病院とは違い、身近な存在がそばにいる安心感があります。
- 家族との時間: 最期を自宅で過ごすことで、家族がより長く関わり、心の準備を整える時間を持つことができます。最後の時間を家族と一緒に過ごすことは大きな意味を持つことが多いです。
- 自由な生活空間: 病院と比べて自由な時間の使い方や、周りの環境に制約されることなく、患者が望むことができる場合があります。
- 費用の面で有利なことがある: 病院に入院するよりも費用が抑えられる場合があります。特に終末期の患者に対しては、在宅医療や訪問看護を利用することでコストを抑えることができることもあります。
デメリット
- 医療体制の限界: 自宅での看護や介護は、病院と比べて医療体制が十分ではないため、緊急の対応や高度な医療が必要な場合には対応できないことがあります。
- 精神的・身体的負担: 家族にとっては、介護や看護が長期間にわたって重荷になり、心身の負担が大きくなることがあります。特に24時間体制でのケアが必要な場合、家族が精神的に疲弊することもあります。
- 設備の不備: 病院に比べて医療機器や介護設備が整っていないため、必要な治療やサポートが不十分になることがあります。
- 不安や後悔の可能性: 家で看取ることを選んだ結果、最期が予想外に急に訪れた場合、準備不足や心の整理ができていないことが不安や後悔を生むこともあります。
どこに重きを置くかは人それぞれなので、どちらがいい悪いという話ではありません。これを読んだのも運の尽き、皆さんも最期について、考えるきっかけになればと思います。
コメントを残す